SUEMARR "Old Note"  ( 2005 - 2007 )

開いた本  2006/05/17





誰にも会いたくない時。
(たまにはそんなこともある。)
ゆっくりと本を読みたい時。
自然と足が向く店。

その店の隅には
レンガの壁と
天井までそびえ立つ
大きな柱時計の間に
挟まれるように
ひとつだけ席がある。

肘置きには立派な彫刻が施され
座る部分が厚い皮張りの椅子。
長い時の経過を感じさせる椅子は
少々ヘタリ気味だが、
その席は足が伸ばせるので丁度良い。
カウンターからも少し隠れがちで
ここに座ると落ち着いて本を読める。

カウンターの中の女主人は余計な話はしてこない。
話好きだが、客のことをちゃんと見ている。

いつも飲むのはレギュラーのストロング。

長居をする時は手作りのスコーンを頼むこともある。
白色の四角く細長い皿の上には2つの手作りスコーンと
それに付けるための生クリーム、
刻んだグレープフルーツの果実。
つけ合わせに水菜とレタスの上に
トマトとブロッコリーを乗せたサラダも添えられている。
オレはスコーンに刻んだグレープフルーツを乗せて食べるのが好きだ。
生クリームは嫌いではないが、好みでもない。

とにかくそんな時は小さなテーブルの上は
コーヒーカップとソーサーや細長い皿、スプーンにフォーク、
それとタバコと沢山の吸い殻たちでひどい散らかり様になる。

そんな小さなテーブルの上はまるで、
ひとつの町のようだ。

ならば仕方ないので開いた本は町外れ。
楽に伸ばした足の膝の上だ。
もちろんあまり良い姿勢ではない。
本当の楽などというものはあり得ないかのように
たまにオレは天井を見上げなくてはならない。

すぐそばの壁に飾られている
クリフォード・ブラウン&マックス・ローチと
マイ・フェイバリット・シングのマイルスが
オレの読む本を興味深そうに覗きこむ。
親しげに、そして少し警戒しながらオレは言った。

「どうやらモンクはフォークソングが好きらしいよ。」

大きな柱時計の席とは反対側のカウンター隅には
オーディオ・アンプの上に立つ数本のチューブたちが、
店の入り口の横にどっしりと立っている
店に広さにしてはものすごく馬鹿デカくも立派な
スピーカーに苦笑いしている。

チューブが訊いた。

「オレの出番はいつだ?」

「心配するなよ。捨てられはしないさ。」

「またアンタにすがってくるはずさ。」

「だといいけどな。呼ばれたら起こしてくれよ。」

「ああ。オレが生きてりゃな。」



マイルスたちがぶら下がっている壁と
大きな柱時計に挟まれているオレは
本を閉じて、また開いた。

窓を開けて、また閉じた。




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